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上総牛久で開業している理由

市原市牛久の三橋歯科医院で院長として働いている三橋 裕(みつはし ゆたか)と申します。

10年前に父からクリニックを継承しました。

おかげさまで多くの患者さんがご来院されています。

ありがとうございます。

帰って来る前までは、上総牛久に帰るかどうかとても迷いがありました。

迷いがあった理由、帰ってきた理由を下記に述べます。

 

10年前に上総牛久に帰ってくる前は、東京や横浜で働いていました。

東京の表参道、青山で開業する予定でした。

なぜならば、最先端の治療を日本の中心である東京で行いたかったからです。

 

しかし、上総牛久に帰ってきました。

理由は、父が歯科医師であり、市原市上総牛久で初代として開業していたからです。

 また、父を信頼する患者さんがいらっしゃる為です。

継承する前に、東京の大学病院と開業医に勤務しながら、三橋歯科医院、父と一緒に2年間、仕事をしました。

 

その際に、父が兄(医師)と私(歯科医師)を医療人へと導いてくれた、一生懸命何十年と働いてくれていた感謝の気持ちをとても深く感じました。

また、母の兄と私への想いをとても強く感じました。毎日、何十年と患者さんの心を癒すためにお花をいけているのも帰ってきた1つの大きな理由です。

 

そして、地域の患者さんが審美的かつ機能的な口腔内を維持できるように社会的責任を強く持ち、市原市で育った故郷に帰ってきました。

 

故郷に帰ってきて1番良かったのは、40年以上父が頑張ってきましたので患者さんからの信頼があります。

おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、お子様、お孫様とご家族で通っている方が多い歯科クリニックです。

父親の代から40年通って頂いているご家族の口腔環境をみさせて頂くのは大変私にとって貴重であり、強みです。

どのような医療が40年後という長い期間を経過した後に良い結果となるのかが早いうちに理解が深まったことに対し、父にとても感謝しています。

 

長い年月が経過したお口の中を拝見させて頂くことは、論文や歯科学会に比べても、一生、歯科医師として働いていくことの中で1番の宝なのではないでしょうか。何十年先の状態を今、診ることができるからです。歯をこう削ったら何十年後はこうなる、歯周病治療すると将来こうなる、、、などです。

 

東京で2つ目のクリニックを開業する予定はあります。

 

市原市上総牛久と東京で、医療と経営の両立を必ず実現します。

都心ではないので医療の技術は大丈夫なのでしょうか?

患者さんが思うことは、「田舎だと良い医療はやっていないのでは?」と思う方もいらっしゃると思います。

 

場所は関係ないです。

 

いかに医療に本気で向き合い、医療の学術、技術の勉強をし続けることが大切です。

 

逆に、流動性が低い田舎の方が評判が立ちやすいので仕事は大変繊細さを求められます。

 

我々、三橋歯科医院は、歯科医師、歯科衛生士、管理栄養士、受付、歯科助手のそれぞれの職種のプロフェッショナルを目指し、日々、精進しています。

歯科医療は

歯科医療は、日々、学術、技術の進歩が激しいです。

 

また、間違った悪い医療もあります。

 

それを見極めることが歯科医師にとってとても大切です。

 

三橋歯科医院は、他にも記載してある通り、勉強熱心の歯科医院です。

 

歯科医療は、勉強し続けなければならない分野です。

 

どの職業も同じことが言えるのではないでしょうか。

三橋歯科医院は、患者さん1人ずつを大切にしています。

1日の患者さんの人数が多くなればなるほど、売り上げは上がりますが、医療の質は下がります。

 

三橋歯科医院では、1日多くの患者さんを診るのではなく、1人ずつしっかり治療計画を立案し、向き合って診療を行っています。

 

1日多くの患者さんを診た方が流行っているようにも見えるのが現実です。

 

歯科先進国であるスウェーデンでは、待合室にはあまり多くの患者さんはお待ちしていません。

 

1日少人数の患者さんしか診ないからです。1人ずつ大切にしている証拠です。

 

三橋歯科医院は、スウェーデンのような歯科先進国の歯科医院作りをしています。